心の機微にきづける私になる
- marukanta1777
- 2020年8月16日
- 読了時間: 3分
タイトルの通りです。
私、
誰かの心の機微にきづける人になりたいのです。
私の働く喫茶店では、日々のお仕事が、このための修行になっていると思います。
なぜなら、このお仕事を20年以上続けていらっしゃる店長(私と同い年の方)と、大先輩のKさん(母と同い年の方)、このお二人の「人を見る目」は、かなり研ぎ澄まされているな…と日々、感じるからです。
お店がどんなに混雑していても、落ち着いた目でお店全体を見渡せる、お客様の動き、お店のスタッフの動き、すべてを把握しています。「阿吽の呼吸」で仕事をこなすお二人の姿は、見ていて心地よく、憧れるお姿です。
一見クールですが、おもてなしの心がしっかりと入っている愛あるお姿なのです。
ご自分たちがしていることにいっさいの主張がなく、常に受け身です。
お客様、共に働くスタッフ、すべての人と、そこにまつわるすべての出来事を受け入れて、
静かに、
相手に気づかれないように、
実に静かに
愛を表現されています。
そんなお二人が
誰かのことを見る時の観点は、真に深くて、真に優しくて。
そこに気づくたびに、私自身は、ハッとして、後からしみじみと感動するのです。
年齢も性別も、性格もまったく違うお二人に共通する「深い視点」は、おそらく、修行のように、長年続けてこられたこのお仕事の積み重ねにより作られたものなのではないかと、想像しています。
…実は、
ずいぶん昔の
父の言葉。
「人の心の機微がわかる人間にならないといけないよ」って。
これは、父がご近所の焼き鳥屋さんで、ひとりでお酒を飲み、帰宅した時に、
母でもなく、妹にでもなく、
私に向けて放った言葉。
私にしみじみと深い声で放った言葉なのです。
その時は、
「パパ、私にはそういうのわかるよ。私は、そういうのたぶん得意だよ。」って、声には出さず、心の中だけで言っていました。
でも、
違うんです。
今になって、急にこの言葉を思い出すっていうことは、
まだまだ、私はその域に達していないのですよ。
私に必要なことだから、
あの時父は、
私に深い声で放ったのですね。きっと。
父は、父がお気に入りの焼き鳥屋さんのご夫婦から感じたことを私に伝えてくれたのでしょう。たぶん、そうなのだと思います。
あの時から、ずいぶん長い時間をかけて、20年くらいかな…。
「心の機微」にきづける方々の視点の深さに、やっと今、気がつくことができました。
ここからですね、やっとわかり始めた私が、その域に達するために、
私は、日々の修行を積み重ねていきたいと思います。
私に必要な言葉を、説明なく、ポンと放った父は、
やっぱりかっこいいな、ほんとかっこいい。
愛おしくて、たまりません。

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